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代表理事挨拶

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私は、1956年、愛媛県西南端の漁村で生まれました。それを第1の誕生とすれば、第2の誕生は、2000年1月、ラオスの山村で和田信明の目の覚めるようなインタビュー術に出会った時と言えます。私は、それまでの20年近く、国際協力の世界で過ごしてきたのですが、やればやるほど徒労感が募っていました。貧しさを強調して援助を欲しがるくせに、もらってしまえば約束した自助努力は反故にして、またぞろ次の援助を求める、という住民たちの依存的な態度。それを知りながら、資金集めのために貧困を売り物にせざるをえない援助団体の体たらく。自分のことは棚に上げて、そういう援助業界にうんざりしていました。

ところが、本当の問題はそこにはありませんでした。元凶は、私のコミュニケーションスキルの悲しいまでの乏しさだったのです。和田の村人とのインタビュー術は、あまりに鮮やかに、そのことを私に突き付けました。

振り返れば、それは私にとってだけでなく、ムラのミライ(当時はソムニード)にとっても、第2の誕生だったようです。その後、私は和田に協力して、そのインタビュー術をメタファシリテーションとして体系化、この手法の活用と普及を軸に現在のムラのミライは活動しているわけですから。あれから20年、次の世代へのバトンタッチもここ数年でずいぶん進みました。自分で言うのも気恥ずかしいのですが、こんなにやさしくて開かれた組織はめったにありません。メタファシリテーションというバトンを受け取りたい方、どなたでも大歓迎です。発達中のオンラインシステムのおかげで地球上のどこにいてもかまいません。どうか気軽にお声掛けください。

ムラのミライ代表理事 中田 豊一

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