第4号「西ベンガルへの視察の旅」 (2012年10月8日発行)

In 802プロジェクト通信 インド「水・森・土・人 よもやま通信 第2部」 by master


目次

1.  オラ達の農業
2.  西ベンガルへの視察の旅
3.  質問する人、答える人
4. その活動は何のため?誰のもの?
5. 旅の後

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前回のよもやま通信発行から、またまた半年ほどが経ってしまい汗顔の至りだが、汗ばかり流していても仕方が無い。それに、無駄に汗をかいていたわけでもない。47度近くまで気温が上がる「岩が割れるような暑さ」と暦上でも呼ばれる5月末の2週間を乗り越え、ひと月も遅い雨季を待ち続けて田植えをし、人力では何ともしがたい気候と折り合いを付けながら、筆者たちは、村の人たちと研修に次ぐ研修を行っていた。

今号では、その中でもつい最近起こった、村の人たちの目覚ましい成長ぶりをご紹介しよう。

1.  オラ達の農業

ひとまず時は半年を遡る。
4月頃から村の人たちは、「オラ達の村ではどんな農業をしてるンだ?」と、調査を行っていた。

過去3~4年間に渡って、村の人たちは森や水、土といった自然資源を再生し、保存しようとさまざまな活動をしてきたが(詳しくは、よもやま通信第1部をご参照ください)、今は保存していくのと同時に、上手く使い続けていくにはどうすんべ、と考え始めている。

より視覚的に分かりやすく考えてみようと、山の畑地から低地の水田まで、いつ何の農作物を栽培しているのか、放牧地はいつどこの場所を集中的に使っているのか、薪や水の利用状況はと、様々なイラストや地図を使って、まずは現状について村の人たちと共通の認識を作ってきた。

その過程で、P村、G村、T村、B村の人たちが様々なことに気が付いた。
「10年くらい前には作っていたさとうきびも、今は水不足で作れなくなったなぁ」とP村のおじさんが遠い目をし、
「あれまぁ、アタシ達の村では野菜をほとんど作ってないのね…。えぇ~!ということは、みんな買ってきてるんだ。これを自分ちでも作れるようになったら…」
「でも、家同士がひっつきあってるから裏庭栽培はできないし」と、G村の人たちは「野菜作りの場所がない」と言い合い、
「オラ達の村の水田、半分以上は小川から自然に水を引いてるけど、途中で畦が壊れてたりして、時々無駄に水が流れ出してるんです。だけど、よその村の部分だから自分たちじゃ直せないんだよねぇ」
「で、雨を待つしかないんだけど、結局降らないと、稲作ができなくてお金が入ってこないんだよねぇ」と、B村はのんびりと困った顔をする。
各村で、さまざまな発見があり、つぶやきがあった。

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そして、この事業では有機農業の専門家としてお世話になっているインド人専門家、チャタジー氏が、コルカタから電車ではるばる12時間かけて村までやって来て、村の人たちと調査途中を共有したのが7月。

「そこに生えてる葉っぱは、イモの葉っぱじゃないですか?」と、村の中を歩きながらおもむろに尋ねるチャタジー氏。
「そうですよ。」
「だけど、この調査の中の栽培作物とか収集作物には入ってないですね?」
「だって、勝手に生えているだけですから。」
「じゃぁ食べない?」
「時々食べますけど、そんなに頻繁に採って食べるわけではないです。でも美味しいですよ、チャタジーさん」と、にこやかに答えるG村のオジサン。

調査の中で、自分たちで植えた木や作物で収集するというのは「定期的に」という感覚があった村の人たち。そして、さらにつぶさに見ていくと、畑でも庭でも「場所があったら植えまくる」という栽培スタイルになっている。つまり、読者の多くが見慣れている日本の畑のような『種類ごとに畝が整備され、栽培されている』という畑とは真逆の光景なのだ。

大抵の作物の種は、雨季が始まる頃に数種類まとめて一度にバッーと蒔かれるが、収穫時期は作物によってまちまち。チャタジーさんが、
「水が少なければこんな栽培方法があるよ」、「AとBを組み合わせて植えると良い」、「この土地は水田っていうけど、ほとんど乾燥地だよね」と、色々なアドバイスをくれる。

そうすると、「そんな農業をしているところ、ボク達も見てみたいなー」という、村の人たちの声がちらほらと聞こえ出す。

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2.  西ベンガルへの視察の旅

そうこなくっちゃと筆者達がチャタジー氏とアレンジしたのが、気候や土壌の質が良く似ている西ベンガル州西部の村への視察研修。

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夜行列車で約12時間北上し、世界一長いプラットホームを持つという駅で3時間ほど次の電車を待ち、更に3時間ほどまた電車に揺られて西に向かい、アドラという駅まで約18時間の旅だ。

視察研修も普段の研修と同様に、ソムニード(現ムラのミライ)は参加できる人数だけ告げて、村の人たち自身が参加者を選出する。基本的に、記録付けとして各村から1~2名は読み書きできる人が参加するが、読み書きできない人が参加する事も、ソムニードは拒まない。

そして視察に行く前の事前研修。

「みなさんが行きたいと言っていた視察研修、西ベンガル州のアドラという町になりました」とソムニード・スタッフが告げると、
「えっ、アグラ??タージ・マハルが見られるの?」と勇み足になる村の青年。
「ちがいます。アドラです」
明らかに落胆する青年を横目に、視察先で何を学ぶのか、目的を明確に設定する参加者15名。

そうして、雨季で少し涼しいアーンドラ・プラデシュ州北部から18時間かけて、蒸し暑い西ベンガル州西部へと、村人達15名とソムニード・スタッフ5名の総勢20名の視察研修が始まった。

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3.  質問する人、答える人

西ベンガル州西部のプルリア県という、山岳少数民族が多く住む地方でいくつかの村を視察する事になった参加者達。

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複数の作物を畝で整備して栽培する「混合栽培」や、村で保管している穀物を個人に貸し出す「穀物銀行」、堆肥づくりといった農業に関することから、ため池の管理や魚の養殖、植林など、水土保全に関することまで、1日2~3か村を訪れて学んでいく。

大抵の村は、参加者の村と同じように10数世帯から40数世帯と小さく、彼ら独自の山岳少数民族の言葉を用いている。視察中、質問するのはG・T・P・B村からの参加者たちで、ソムニードは彼らの質問を英語に訳すのみ。それを、視察受入先団体のスタッフがベンガル語に訳し、相手の村の人たちが答える、というやや長い通訳事情となる。と思ったら…、

「いつ、この作物を植えるのですか?」
「雨季が始まった後です」
「この種はどこから入手するのですか?」
「自分たちで集めることもあれば、農業局から購入する事もあります」
「この作物はいつ収穫できますか?」
「これは11月…ですね」
「収穫した後、この空いたスペースはどうするのですか?」
「次の作物を植えます」

矢継ぎ早に、質問を投げかける参加者たち。そして、答えるのは相手側NGO団体の職員。
時々確かめるように、相手の村の人たちに質問する。相手の村の人たちは、ただにこやかにNGO職員の背後に立っているだけだ。
苗床でも、ため池の整備でも、魚の養殖でも、参加者達は
「いつ、どこで、誰が、どれだけ、いくらで、」と、具体的に質問をしていく。

普段、筆者たちソムニード・スタッフが研修で聞いていることそのままに、参加者達が相手の村の人たちやNGO職員に対して聞いていた。

『自分たちが見せたいモノを見せる』ツアー感覚でいた相手側NGO職員は、参加者達からの逃れられない質問に冷や汗をかきつつも、『これが視察研修というものか』と驚いてもいたようだ。

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4. その活動は何のため?誰のもの?

植林現場は、参加者達が山で行う植林とは違って平地で行われており、等間隔で苗木が育っている。3年前に植えたという木はすでに人の背丈ほどにもなっている。

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「この木は何の木ですか?」
「野生の蚕が住みつくための木です」
「どこから苗木を手に入れましたか?」
「私達(NGO)からの支援です」
「1年目に植えたということですが、2年目は何をしたのですか?」
「枯れてしまったり根付かなかった苗木を植えかえる作業をしました」
「その苗木はどこから?」
「私達(NGO)からの支援です」
「今年は何をしましたか?」
「新たに苗木を植えたり、苗木と苗木の間に豆類を植えたりしました」
「それは、どこから手に入れましたか?」
「私達(NGO)からの支援です」
「村の人たちは、いつまで、NGOに頼っていかねばならないのですか?」
「・・・・・」

声を失くすNGOスタッフと、とまどった顔の相手の村の人達。

「ほほ、ワタシが今聞こうと思っていた事を聞いてくれましたね」と、チャタジー氏。

ため池整備やその他の果樹園植林でも同様に、村がどうあるべきなのかを、相手の村の人達やNGOに考えさせる質問をする参加者たち。

「この果樹園の土地は誰のもので、だれが整備をしたのですか?」
「3人が所有者で、残りの村人達が整備したり苗木を植えたりしました」
「収穫物はどうなりますか?」
「30%が所有者に渡され、70%を残りの村人たちで分け合います」
「ずっとそうしていくのですか?」
「25年間、土地を借りるという約束事になっていますので、25年間はそうなります」
「その後は?」
「土地は今のように村人たちが使えず、すべての収穫物は土地の所有者のものだけになります」
「つまり、労働力のみを提供し続ける、ということですね?」
「・・・・・」

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5. 旅の後

2007年8月に、ソムニードと一緒に活動を始めてかれこれ5年。

自分だけ、今だけ、水があったら良い、果実が採れたら嬉しい、収入を増やしたい、というような願望から、村全体の現状と将来のことを考えるようになり、行動に移して来たG・T・B・P村の人達。

今回の視察研修に参加した15人の内13人は、これから指導者として、新しい村へ「村全体で水や土や森を管理していくにはどうすればいいか」ということを教えていく立場でもある。

期せずして、視察研修という場で将来の指導者たちが、何をどれだけ理解しているのかを見る事ができた筆者達。

親ばかのように「ガンガイヤが、こういう質問をしてたよね」「モハーンも穏やかにするどいツッコミ入れてたよね」と、視察中もその後も、筆者達は参加者達の成長ぶりを思い出しては語りあっていた。予想外の収穫物を得た、今回の視察研修だった。

そして、視察研修を終えたら待っているのが、「それじゃぁオラ達の村ではどうしていくべ?」という今後の計画。
今度は、筆者達が参加者達へツッコミを入れていく番だ。

次号では、4月からの調査内容の事も交えつつ、村のオジサン・オバチャンたちの、これからの村の計画図をご紹介しよう。

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