第14号「オラたち今ここ、目指すはあそこ」(2014年7月24日発行)

In 802プロジェクト通信 インド「水・森・土・人 よもやま通信 第2部」 by master


 

目次

1. 村の現状を知ろう
2. 調査の結果をお伝えします
3. ふーん、それで?
4. ラマさんのお叱り
5. 調査じゃなくてフィードバック
6. オラたち今ここ、目指すはあそこ
7. 何はともあれ

夏の終わりを告げる雨が寝坊して、今年は7月に入るまで灼熱の日々が続いた。7月中旬になりようやく村ではまとまった雨が降り始めた。

農家たちが待ちに待った雨、村人たちの新しい一年の始まり。新しく流域管理事業に参戦した村々でも、今後の計画づくりが始まる。

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1. 村の現状を知ろう

ブータラグダ村(以下B村)とポガダヴァリ村(以下P村)の指導員から流域管理の研修を受けている村々では、村の流域管理委員会の設立について話し合いが始まっている。
これまで流域内に設置した石垣や堰堤を、村全体でどのように管理していくか?
これからどんな村をつくっていくか?そのためには、何をすればいいのか?
村全体での活動が本格化する6つの村で、ソムニード(現ムラのミライ)と指導員による村の現状のフィードバックを行った。

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2.調査の結果をお伝えします

フィードバックを行うメンバーは、ラマラジュさんキョーコさんから研修を託された筆者スーリー、助っ人として参戦するキショーとB村・P村の指導員達。
そして、ソムニード・インディア代表のラマさんも今回からフィールドワークに復帰し、フィードバックを見守る。

最初にフィードバックを行う村は、B村と同じ流域に位置するパンドラマヌグダ村(以下パン村)とバルダグダ村(以下バル村)に決まった。村の世帯数、家畜数、耕作地の面積、世帯年収などを含めた村の社会調査のデータを用意し、B村の指導員アナンドとドルガラオとフィードバックの準備ミーティングを行った。
「パン村とバル村で行った調査の結果を村で共有するために協力して欲しいんです。ちなみに、B村でも調査のフィードバックをしたことがありますか?」
と始める筆者。
「2008年にやったよ、それと2011年にも」
「そのときは二人とも参加しましたか?」
「2011年のときはしたよ」
「そのときのフィードバックの方法を覚えていますか?」
「字の読めない人もわかるように写真を使ったよ。」(ふむふむ、写真ね)
前例に倣って写真を使うことを決定し、次に数字の伝え方についての議論が始まる。すると、まずキショーが
「最初は一つの家族を例にして、家族が何人か?ニワトリが何匹いるか?と聞いていくのはどうだろう?『誰々さんの家族は4人いて、ニワトリが10羽います。これが村全体になると、人が何人います。ニワトリは何羽います。』と広げていけばわかりやすいんじゃないかな?」
さすがはスラムのおばちゃんを相手に幾多の研修をこなしてきただけある。するとアナンドが
この前の研修の時みたいに、調査結果の数字は空欄にしたまま用紙を準備して、村の人たちに考えてもらえば
参加者の注意を引くことができるんじゃないかな。クイズ形式にするってこと。」
さすがはスーパー指導員のアナンド、自分が受講生として受けた研修のやり方をすぐさま指導員として使うとは、応用力がハンパじゃない。よし、じゃあ数字の伝え方はそれで行こう。とスーリーと筆者。
ここで、筆者はチョークを持ち、2008、2009、2010、、、2020まで黒板に記した。
「B村はいまグランド・デザイン(総合計画)の段階、でもパン村やバル村はまだ始まったばかりだから、B村でいえば2008年の状態ですよね。だから今村の調査結果を知っておけば、今後の流域管理の活動で村にどういう変化が起きたかわかりますよね。」

まずは、村で何の調査をしたかを思い出させる。そして、一つの家族を例にしてから、村全体の話に持って行く。
村の数字を伝えるときは、写真を使ってクイズ形式で伝える。という当日の流れが決まった。
こうして、フィードバックの準備は整った(と思えた)。

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3. ふーん、それで?

パン村にやってきた一行は、ミーティングで決まった流れを忠実に再現した。開口一番スーリーが村人に問いかける。
「いままでソムニードとどんな活動をしてきましたか?」
「石垣や堤防を作ったよな」
「流域の研修!!」
「それから委員会のミーティングもやったな」
「村の調査とか植物の調査もやったよね」
などのポイントがバラバラに出てくる。
活動が出尽くしたあとで、
「村の調査をしたと言ったけど、結果は知ってる?」
とスーリーが調査結果の発表に移る。
「そういえばまだ知らないなぁ。」
そして、ミーティング時に作成したシートを見せて世帯数、耕作地の面積などを次々に告げる。
写真や一つの家族の例も使って、村人たちに村の数字を伝える。
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全ての数字が出そろった後、パン村の人たちは
(ふーん、それで?)
と言わんばかりの無言の時間が流れてしまった。。。

そして、
「ソムニードと一緒に活動を始めたのはいつだったか覚えていますか?」
という筆者の質問から始まったバル村でのフィードバックも、、、

(修正を試みるも、基本的には昨日と同じ流れで進む)

すべての村の数字が出そろったとき、
(ふーん、それで?)
という村人の表情。

結局どちらの村も、最後にラマさんが話をなんとかまとめて、次の研修の日程が決まった。
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4. ラマさんのお叱り

2つの村でのフィードバックを終えて、ラマさんが反省会を開いた。

「この二日間、何がダメだったかわかるか?」
「村人全体を話に巻き込めませんでした」
「話が行ったり来たりバラバラでした」
「プロジェクトとの関連性がなかった」
「途中で研修の流れが止まってしまうことが多々ありました」
「最後に村人の方から、これをやる、と言わせることができませんでした。」

と、泉のごとく湧き出る反省点の数々。
「いま出てきたのは全部修正するべき点だ。お前ら、そもそもなんでフィードバックをするかわかってるのか?」
「これから委員会をつくって村として活動していく前に現在の状態を知っておくことで、これからの活動がどういう成果が出たか村人たち自身がわかって、それをまた次の活動に活かせるからです。」と答える筆者。

「成果や変化を知るだけだったらただ“調査”でいいだろうが。お前らがやっているのは、“フィードバック”だろ?なんで“フィードバック”をするんだ?」

キショー、スーリー、筆者3人の口が閉じる。ラマさんは続ける。

「そもそもお前らは、なぜフィードバックをするのか?何をフィードバックするのか?どうやってフィードバックするのか?を考えずにやってただろ。フィードバックってのは、ただ数字を並べるって意味じゃねーんだよ。」

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5. 調査じゃなくてフィードバック

フィードバックのコンセプトを間違えていた筆者たちは、気を取り直して次の村でのフィードバックに備える。
フィードバックの目的は村の世帯数や家畜数といった数字を伝えることではなく、村人たちがこのプロジェクトを通して行った活動を振り返り、流域管理委員会を中心とした村のビジョンづくりに活かすこと。
流域管理委員会の設立に向けての話し合いが進むこのタイミングで、一度これまでの活動を見直して村のビジョンづくりに役立てよう、というわけだ。

フィードバックのコンセプトを理解した筆者たちは、次の準備ミーティングで作戦を練り直す。
次のマヌマヌグダ村(以下マヌ村)には、ポガダヴァリ村(以下P村)の指導員たちが参加してくれることになった。
ミーティングでは、数字を伝える方法の話ではなく、これまでの活動を流域に絡めた形でいかに振り返るか?
またの振返りを、どうやって流域管理員会の設立に繋げて今後の村のビジョンづくりに話を持っていくか?
という点を徹底的に話し合った。
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6.オラたち今ここ、目指すはあそこ

フィードバック当日、いざマヌ村に出陣する一向。マヌ村は元々ゴディヤパードゥ村(以下G村)の指導員が研修を行っていたが、ホウキ草の収穫で忙しくなったG村の代わりに、現在はB村とP村の指導員が助っ人として研修にあたっている。前回の研修がP村の指導員によって行われたため、今回はP村と共にフィードバックを行う。マヌ村の人たちにマダムと呼ばせたパドマが一緒なのは心強い(よもやま通信第11回参照)。

ソムニード、指導員のパドマとダンダシ、村人が自己紹介をして、パドマの質問から、本日のフィードバックが始まる。

「前回の研修はいつでしたか?その研修では何をやりましたか?」
「モニタリングの研修だったかな。」
「委員会の研修だよ」
と少しずつ前回の研修を思い出す村人たち。大分記憶がよみがえったところで、今までに流域内で行った活動を話してもらう。
「流域のミニチュアをつくったよな。」
「ピクニックに行く話もしたよな」
「石垣とか堰堤つくった」
「流域(ウォーターシェッド)の研修したべ」

と村人たちが声を上げる。
するとパドマが
「流域について誰か説明してくれますか?」
参加者の一人が黒板に山の絵を書きながら、流域を三つに分ける。
「ここに石垣をつくって、ここに田んぼがあって、ここにオイラたちが住んでて。」
思い出したようにうなずく村のおっちゃんたち。あやふやな点はすかさずパドマがしっかりと説明する。
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ちなみに「今までどんな活動をしましたか?」という質問は、パン村、バル村のフィードバックでも行った。
しかし、パン村、バル村ではそれぞれの活動と流域のつながりを意識させることが出来なかった。
自分たちの村の流域のなかで、「どこに何があるのか?」「どこで何をしたのか?」を意識させることで、
「次はどこで何をするべきなのか?」がわかってくる。村の調査結果の数字は、その確認作業の補助的な役割でしかない。
前回は一覧表に写真を張り付けて家は何戸だ、田んぼの面積はどうだ、と数字を記入する作業が中心のフィードバックだった。しかし、今回は、パドマが流域の説明をして、ダンダシが「雨が降ったら水はどうやって流れるんだ」などの例を挙げ、まずは流域についてもう一度理解を深めた。

こうした作業を経て初めて「オラたちはいまここにいる」ということがわかり、「オラたちはここまで行きたい」というビジョンと、
そのために「次はこれをしよう」という計画が出来る。その活動を続けるうえでのプラットフォームとしての役割を果たすのが流域管理委員会である。パドマとダンダシの流れに乗って筆者は流域管理委員会についての質問をする。
「(おじさんたち何人かに)あなたは委員会に入ってるんですか?」
「いや、入ってないよ。」
「誰が委員会に入ってるんですか?」
「実行委員(コミッティ)が5人いて、会員(メンバー)は各家庭から男女2人ずつで全部で30人いるよ。わしらは委員ではなく会員じゃ。」
別のおっちゃんがいう。
「実行委員ではなくて会員なんですね。じゃあ委員会の規定は誰が決めたんですか?」
「実行委員5人で決めたよ。」
と、実行委員に入っている村人が言う。
「会員の皆さんは、その規定のこと知ってますか?」
「いや、知らんな。」

そして、委員の一人が委員会規定を書いた用紙を持ってきて、その場で規定の共有と見直しを始めた。
パドマとダンダシが規定見直しのサポートをする。規定には「村全体で今後も流域を保全する」という村のビジョンが記されている。まずはそのビジョンを村人たち全員が共有するところから今後の具体的な計画を立てることができる。今回の参加者はほとんどが男性だったため家に帰ったら家族で共有することも決まった。今までの活動を振返り、流域委員会のビジョンを共有すると村人の中から、
「もっと木を植えたらいいかな」
「石垣も増やしたいな」
という声が挙がってくる。
「じゃあ、そのためには次は何をするの?」というパドマの問いに
「アクション・プランづくりだ!!」
と答える村人たち。
「次の研修にも是非来てください」
とリクエストをする村人たちに、
「行きますよ。」
と即答したパドマが頼もしかった。
こうして、マヌ村のアクション・プラン作り研修の日程が決まった。

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7. 何はともあれ

マヌ村でのフィードバックを無事に終えた一行は、残りの3つの村でも、最初のパン村、バル村で行った世帯数や家畜の数など、ただ数字だけを並べたフィードバックではなく、これまでの活動を振返り、村のビジョンを考えて実践するためのフィードバックを行うことが出来た。
今後は各村の代表者と指導員を交えたミーティングも行い、流域管理委員会を中心とした活動が本格的に始まる。
「何はともあれ」とほっとするスーリーと筆者。それでもパドマは、「女性の参加が少なかったわね」と反省点をもらす。
さすがはマダムと呼ばれた指導員。これからもP村とB村の指導員は流域管理の研修を続けていく。
そして、この流域管理の研修と並行して、指導員たちは自分の村では農家として農業カイゼンに取り組んでいる。
そんな農業カイゼンの話は、また次回のよもやま通信で。

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インド地域づくり募金1

注意書き

1. ラマラジュさん=ソムニードの名ファシリテーター。よもやま通信第1部からおなじみ、現在はアドバイザーとして、インド事務所のある町、ビシャカパトナム市から研修を統括する。
2. キョーコさん=前川香子。この事業のプロジェクト・マネージャーを務めるソムニードの名ファシリテーター。現在は日本国内での業務に従事しながらプロジェクトを統括する。
3. ヒロアキ(筆者)=實方博章。現場で修行中。
4. スーリー=ソムニード・インディアのフィールドスタッフ。ヒロアキと共に今後の研修の実施を告げられ焦っているが、やる気は十分。
5. キショー=ソムニード・インディアが誇るイケメンスタッフ。普段はビシャカパトナム市で業務を行うが、今後は助っ人としてこの事業にも参戦。VVK事業(スラムのおばちゃん銀行)での経験も豊富。
6. ラマさん=ソムニード・インディアの代表、ラマ・ラージュ。ベテランのファシリテーター
7. B村の村人たちがVVK(スラムのおばちゃん銀行)を訪れて研修が行われた。この様子は次回以降のよもやまにて掲載予定。(VVKに関しては、「プロジェクトの道のり PCUR-LINK便り(インド)」をご覧ください。)

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