第22号最終回「事業は終わる、だけどオラ達の活動は終わらない」(2010年8月1日発行)

In 803プロジェクト通信 インド「水・森・土・人 よもやま通信」 by master


 

 目次

1. 村の代表者として
2. 自分たちの作った組織だからこそ年長者も若者に謝る
3. 誇るべき植林
4. 農民として生きるために
5. 自分たちの身に付けたこと
6. 広げていこう

4月5月と暑い暑い夏の最中に、総会を開いたマーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)のオジサン、オバチャンたち。
そこで村の人たちの承認を得て代表執行委員に選ばれた各村のオジサン、オバチャンたちが、6月末に研修センターにぞろぞろと集まった。

1. 村の代表者として

代表執行委員のオジサン、オバチャンたちも、ソムニード(現ムラのミライ)のスタッフ達も、待ちに待った雨が降ったので、植林の作業計画を確認すべく、ミーティングを開くことになったのだ。毎年毎年、空を見上げては雨雲を待つ雨期だったのが、今年は6月から順調に降り出した。

植林は、雨が全て。
雨が降り出し、土がある程度湿って柔らかくなれば、穴を掘り種や苗木を植える。そして、村の人たちはその後、1年で一番重要な仕事、田植えに集中するのだ。

ミーティングは午前10時、という約束だったのだが、なんと全てのメンバーが、15分前にはセンターに到着。事業開始以来の快挙に、ラマラジュも筆者も、驚きを隠せない。総会後初の合同ミーティングなので、各村で決まった組織名とそれぞれの役職の紹介から始まった。

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「マリヤマータ・チャイタニア・サンガムの代表、ガンガイヤです」
「グラマ・アルドゥデッビ・サンガムの代表、モハーンです」
「グラマ・チャイタニア・サンガムの事務局長、パドマです」
と、総勢39名が、それぞれあいさつしていく。

今までの「マ村のガンガイヤ」、「ポ村のパドマ」という村の青年の一人、オバチャンの一人、ではなく、自分たちで開いた総会で選ばれた村の代表として自己紹介する。

資金の立ち上げから約1年かけて、組織形態や規則を自分たちで創ってきたその努力が、ひとつの形になった。
そして、初めて他の村の人たちに、自分の村の組織と自分の役割が認められる。

それは同時に、何度も何度も考えて悩んで話しあってきた「オラ達の組織」への道のりの長さをお互いに知っているだけに、「誰に言われたのでもない、自分たちが作ったのだ」という誇りを共有する瞬間でもあった。

そうして代表委員の自覚もさらに増し、最後の植林作業確認にも余念がない。
自分たちで作った村の模型を使って、山頂、中腹、裾野のどこに何をいつ植えるのか、最終チェックをしていく。

「私の村では、○○を再生したいんだけど、ガンガイヤさん、マ村から種をもらえますか?」
「雨がもっと降ってから種を取り出せますから、もう少し待っててください」
「竹の株を調達するなら、僕の村の分もお願いしますよ」
「山ごとに作業日を割り振るんじゃなくて、1日で全ての山頂に種をまいて、それから中腹、裾野って降りてくるようにしようよ」
「あ、◇◇の種を集める時期が過ぎてた!」

今回の植林は、各村で描いた「理想の森」(よもやま通信第19号参照)を実現化していくため、村毎で種類が違えば量も差がある。

また、すでに失われた樹種の再生や、自生する樹種を増やしていくため、代表委員のオジサン・オバチャンたちは、流域内での種や株、枝の入手にこだわった。

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2. 自分たちの作った組織だからこそ年長者も若者に謝る

雨も順調に降り続き、6月末から、まずは種の直播から始める。

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ダンダシが中心になり、マ村では山ごとにチームに分かれ、山頂から縦一列になり横に進むようにして一人ひとりが担当する分量を播いていった。
ポ村でも、早朝からパドマを中心に、8~10種類の種を一人分ずつに小分けにし、二手に分かれて播いていく。
種によっては、発芽しやすいように向きを考え、一つ一つ穴を掘り、埋めていく。
灌木のトゲに刺されたり、足場の悪い岩だらけの斜面を横切りながら、丁寧に播いていく。

ガンガイヤ率いるマ村山頂の集落では、まずは祈りから始めた。
「今まで、自分たちはたくさんの木を切ってきました。生活のために仕方のないこととはいえ、森に対して大きな罪を犯してきました。今から始める植林は、その罪を償うものであり、山に木を返すことでもあります。どうか、植林作業が無事に終わり、実り豊かな森に育つよう、お守りください」

そして各村では、代表となった青年たちが作業の指示を出し、他の村の人たちがそれに従う、という関係が当たり前となっていた。
お年寄りは山裾に近い部分、体力のある若者たちは山頂付近、オバチャンたちは中腹付近と、ほぼ村人総出で作業に当たる。

「スマン、ワシが集めることになってた種が、まだ用意できておらん。この数日中には集めるから、待っててくれるか」
と、ある村では、作業を始める前に、年長の村人が代表である青年に謝っていた。

「年長者のオジサンが、ついこの間、代表に選ばれたばかりの青年に謝っていますよ、キョーコさん」
「自分たちで選んだからこそ、年下であっても代表に敬意を表せるし、そして自分に与えられた責任を果たすのが当たり前になっている、ということですよね」
これが例えばソムニードに言われたから組織を作り、代表を選んだのであれば、代表もその任を果たさず、他の村人も何もしない。ただ次の指示がソムニードから来るのを待つばかりである。

だけど、そうではない。
マ村も、ポ村も、ゴ村も、村の人たちは代表委員に全幅の信頼を寄せ、そして代表委員たちは作業が効率よく確実に行われるよう、指示を出していく。

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3. 誇るべき植林

7月上旬、種の直播の数日後、さらに雨が降るのを待ってから、今度は苗木や枝、株分けといった植林作業に移った。

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これまで長年、彼らが体験してきたのは、カシューナッツやマンゴーと言った果樹を中心とした『一般的な』苗木の植林だったのが、今回、初めて自分たちの森に自生する生活用途に合わせた樹種を植えていく。それは、学術名はおろか、テルグ語でさえも名前が分からないような、だけど家畜の餌や薪、食糧といった彼らの生活には必要不可欠な木々である。

「僕は、今、とても嬉しいんです」
と、ガンガイヤは、その時現場に居られなかったソムニードに、携帯電話で報告してきた。「今、山頂にも中腹にも、僕たちの森にある木の苗木や枝を植えています。今まで、こんな植林活動はさせてもらったことはありません。僕たちの森にある、そしてかつてあった種類の木を、僕たちの森に植えている。こんな植林ができることに、とても感動しているんです」

マ村の山頂付近にあるもう一つの集落でも、薬草に一番詳しいチュッカイヤというオジサンが、薬草をさらに増やすべく、種を播いた。
「薬草は、川辺が一番、良く育つんじゃよ」
と、小川の淵をひたすら歩く。

ゴ村のモハーン達は、鉄砲水などの水流を弱めるために小川に設けた堰堤をさらに強化すべく、堰堤の上流側に竹の株を植えていった。
家族と過ごすため、週末に寄宿学校から帰って来ていた一人の少年は、父親と一緒に竹の株を持って小川を遡った。その道中、そして50センチ以上穴を掘り、竹を植える作業の間、父親は息子に話をしていた。
「お父さんたちが、作ったんだよ」と、堰堤を造るまでの様々な日々のことを、そしてなぜ竹を植えるのかを。

こうして様々なドラマを見せながら、各村で約40日間に渡る植林作業が、7月下旬に終了。村のオジサン、オバチャンたちが播いた種、植えた苗木や株などは、合計約14万個。

これで、3年間の事業の集大成である植林作業は終わった。
そして、村の人たちは今、何を思うのか・・・・・

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4. 農民として生きるために

7月は、村の人たちの活動を知るために、たくさんの訪問者があった。

そうした人たちに、どのようにこの事業をソムニードと共に始め、どのような研修を受けてきて、自分たちが何をしてきたのか、そしてこれから何をしていくのか、自分の言葉で説明した村のオジサン、オバチャンたち。

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ある訪問者が尋ねた。
「ポ村の皆さんのビジョンの一つに、『出稼ぎに行かなくても良いようにする』とありますが、どのようにするのですか?」
「お役所の土木作業で稼ぐ労賃とか、この事業中のいろんな作業の労賃で、この3年ほどは出稼ぎには行かなくても良くなったけどねぇ」
と、話すオジサンのそばから、パドマが胸を張って言った。

「確かに、そうした労賃も助けにはなります。
けれども、私たちは農民です。農業で生計を立てています。
だから、今までは雨期ごとに雨水と一緒に肥沃な土壌が流れ出し続け、不作になれば出稼ぎに行かざるを得ませんでした。
私たちがこの3年間で学び、行ってきた作業の一つ一つは、山頂から中腹にかけて、水を造り、水を貯め、土壌を守っていくことでした。そしてこうした作業が、さらに私たちの田畑にも水と肥沃な土をもたらし、結果的に豊作になると願っています。きちんと収穫ができれば、出稼ぎにいく必要はないのです。
そうなるために、私たちが主体となって、こうした作業を行ってきたのです。私たちは何をしたのか、何故それをしてきたのか、今は誇りを持って伝えられます。」

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5. 自分たちの身に付けたこと

また別の訪問者は、チュッカイヤのいる集落の代表である青年に、次のような質問をした。
「以前にも、別の援助で植林やため池を掘るという作業をされたことがあるということですが、この事業では何か特別違ったことはありましたか?」

「すべて、自分たちで行った、ということです。
水や土を守っていくために何が必要なのか、自分たちで話し合い、測量し、活動計画を作り、そして実行する。
作業中も、作業記録を付けるし、サイズも自分たちで測りました。
今までこのように、全てを自分たちでする、という事業はありませんでした」

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同様にゴ村のモハーンも、最近体験したことだけどと、興奮して話したことがある。
「サイズの測り方やコスト計算の方法を学んだから、僕たちが今まで政府スキームなどの作業で、労働時間数の割には不当に低い労賃を支払わされていたことに、気づくことができました。
今、政府のスキームで道路整備をしているんだけど、自分たちの担当する部分の土盛り作業が何立方メートル必要なのか、立方メートル当たりいくらなのか、役人に聞いて、自分たちで労働日数を算出しました。
作業記録も今までなら役人が付けていたのですが、今回は自分たちで付けたし、作業分量も測りながら行ったので、短期間でやり遂げることができたんですよ。役人も、『すごい技術を身に付けたね』と、びっくりしていました」

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6. 広げていこう

またまた別の訪問者からは、次のような質問も出た。
「これから更に、学んでいくことはありますか?」

「今までは、どのように水を守り、土が流れ去るのを防ぐか、ということでした。今度は、そうして守る水や土を、どうやって使っていくか、ということです。そしてそうした研修を、ソムニードから受けたいのです。」
研修を受けるのは良いけれどと、黄門様が課題を出した。

「お前さんたちが今まで学んだことを、この近辺の村の連中にも教えてやることじゃ。
それができるのは、お前さんたちだけじゃ」

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一瞬固まるオジサンもいれば、しっかりとうなずくオバチャンもいる。
苗木が大きく木に成長し、実が成り、その種から更に新しい苗木が生まれるように、マ村、ポ村、ゴ村で、大きく成長したオジサン、オバチャンたちが、さらに新しい人を育てていく。

水をつくり、森を育て、土を守る。
そして、何よりも、人が育った3年間だった。

もうすでに田植え準備も始まり、しばらくの間は田植え作業に没頭するオジサン・オバチャンたちだが、田植えがひと段落すると、今度は代表委員が中心となって、モニタリング作業が始まる。

10月から12月にかけては、各村で、第2回目の総会が予定されている。

オラ達の活動は、終わらない。
オラ達の努力は、続く。
まだまだ続く。

(了)

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インド地域づくり募金1

注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。
堰堤(えんてい)=川水を他に引いたり、流れを緩やかにしたり、また釣り場をつくったりするために築かれる堤防。ダムより小規模。
黄門様=和田信明、ソムニードの代表理事