第18号「なが~い道のりの第一歩;オラたちの村の未来予想図」(2010年1月11日発行)

In 803プロジェクト通信 インド「水・森・土・人 よもやま通信」 by master


 

目次

1. モデル村を目指して
2. 本当に必要なら自力で
3. 組織作りが始まった
4. 日本から来た研修生

11月も半ばになると気温が一気に下がり、耳当てをしている村の人たちをよく見かけるようになる。この耳当ても、余談だが、去年まではなかったヘッドフォンタイプのデザインで、子どもから老人まで使用している今年のヒットアイテムのようだ。

そんな朝晩は寒さが厳しくなる時期に、マーミディジョーラ村(以下、マ村)、ポガダヴァリ村(以下、ポ村)、ゴットゥパリ村(以下、ゴ村)では、石垣やら溜め池やらを作りながらも、村の共同資金をどのように使っていくのかルール作りに取り組んでいた。

 

1. モデル村を目指して

とある日のポ村の研修の様子。まずは共同資金の使い途についての話し合い。

「共同資金、やっぱり溜め池の堤防とか石垣とか、今作ってる設備だけじゃなくって前からある設備の点検作業や修理にも使おうよ」
「例えば井戸とか?」
「村の中の外灯の整備にもいいんじゃない?」
「子どもの教育費とか急に具合が悪くなった時には使えないかなぁ?」
「村のみんなの田んぼの耕作費に使っていくのもいいんじゃないかしら?」
「村のお祭りでのごちそう作りにもいるよ」

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20人ほど集まった村のオジサン、オバチャンたちは、お金の使い道ならすぐにアイデアが浮かんでくるのだが、まるで天からお金が降ってくるかのごとく、そして村の隅から隅までに使ってしまえと言わんばかりに、アレもコレもと挙げていく。

「ちょっといいですか?共同資金を使って、何をするのが目的なんですか?」
ラマラジュの質問に、ピタッと議論が止まるオジサンたち。

「え~っと、村をよくするため?」
「村を良くするって、どういうことですか?」
「この郡の中の、モデル村になりたいんです」と、立ち上がってきっぱりと宣言する青年リーダー、ソメーシュ。

「ぼく達は、村の将来をこんな風にしていきたいんだ。山から田畑まで水が潤い、木も農作物も丈夫に育ってる。今まで作った構造物の点検とか修理はもちろん、それまでに作ってきた設備も自分たちで管理していって、みんなが村で生活できるように、誰も出稼ぎにいかなくても良いようにする。そして村の子どもたちの中で読み書きができない子はゼロにする。そのために必要な作業に、共同資金を使っていくんだ」

そして20点近く挙げた項目は、単なる欲しいものリストであることに気付いたソメーシュは、アレもコレもと挙げていたリストから、行政と一緒にすること、単に資金をあげるのではなくローンとして使うもの、各家庭で当たり前にしなくてはいけないことなど、彼が中心になって議論をまとめ直していった。
その中で、資金の使用を誰がどのようにして認めるのか、共同資金の口座を誰が管理するのか、それらをチェックするのは誰か等々、必然的に母体となる組織を立ち上げることになった。

「でも、村には村落委員会とか、なんとか委員会とか、組織がたくさんありましたよね?」
「あのですね、キョーコさん。そういうのは過去に事業を始めるときに作らされた委員会で、今はナニもしていないんですよ」
と、活動停止状態の委員会の状況を、恥らうことなく堂々と説明してくれる村のオジサン。
「それに、そうした委員会は、村の中の何人かだけが集めさせられたんです。だけど、今から作る組織は、村の人たち全員が関わらないといけないんです。村のこれからのことだから」
別の青年もソメーシュに触発されて熱くなっていき、外の涼しい空気とは反対に、熱中していくオジサンオバチャンたち。

村の組織の名前も考え、メンバーとなる村人の構成(年齢、各世帯からの参加人数)、会費なども話し合い、組織の中の役割も考えていくと、すでに頭は飽和状態。ぐったりと壁にもたれるオバチャンもでてきたため、次回の研修で続けることになった。

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2. 本当に必要なら自力で

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そして場所は変わって、ダンダシ率いるマ村。
マ村では、以前に「研修に来てくれ」と指定された日時に行っても、家の建設作業に村人ほぼ総出で取り掛かっていて、結局研修を中止にしたこともあったので、研修予定日の朝にも必ず電話で確かめるようになったスタッフ。

今日こそはあるということで、村に行ってみると、ダンダシが泣きそうな顔で出迎えてくれた。
「学校の先生が、教室を貸してくれないんです」

授業があるから当たり前の話だが、実は今までにも1~2回ほど事前にダンダシが頼んで、教室や3畳ほどの入り口の軒下を借りて研修してきた。というのも、マ村はポ村やゴ村と違って、集会場が無いのだ。今まで、マ村の集会といえば広場に集まっての青空集会(大抵は夜)が主だが、その広場も収穫した米が積み上げられ、しかも模造紙を使っての話し合いができない。じゃぁここで、と連れて行かれたのは、建設途中の家。床は砂漠のように砂が積もり、外からの明かりは入ってこず薄暗い。しかも10人すらも入りきれない。ソムニード(現ムラのミライ)スタッフたちの無言の視線を受け止めて、「やっぱりダメっすよね」と、次に向かったのは、「ここの軒下が一番長いから」と、村の端っこにある4軒の家が連なった仕切りのない軒下。ところが、そこでよちよち歩きの子どもたちの世話をしていたバアチャンは、「アタシがなんで動かなアカンの」と、これまた当たり前の話だが、場所を譲ってくれない。

「あなたたちは、この状況を何とかしようと思わないんですか」
と、一喝するラマラジュ。
「これまで学校の先生や子どもたちに迷惑をかけてきて、他の家の人たちに無理を言ってきていますが、ポ村やゴ村、マ村の他の集落ではどのように研修をしているか、ダンダシも知っているでしょう?」

マ村は今まで「集会場が欲しい」と、何年も誰かが集会場をプレゼントしてくれるのを待っていた。研修だけでなく村の行事や祭りにも使える集会場が欲しいとずっと思い続けている。だけど、コンクリートでなくても竹や木材など彼らの山には建設資材もあるのに、ただ座って手を差し出して待ってるだけじゃ集会場はできない。
「共同資金のルール作りの研修が本当にしたいなら、自分たちで研修場を用意しなさい。できるまで、研修はしません」

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しょげ返る村のオジサンたちだが、モノをもらうことに慣れすぎている村の人たちは、本当に必要で自分たちでできることは自分たちでやっていくという、これまた当たり前の事に気付いて実践していかなければならない。
『カワイソウに集会場がないのね、じゃぁ建ててあげましょう』ということにはならないのが、ソムニードなのだ。

集会場が無い事が村の問題なのではない。だからソムニードは集会場を建てない。ソムニードは、何年間も何もせずただ待ち続けているだけの村人たちの意識を変えていく。
それから数日後、ダンダシではなく別の青年からオフィスに電話がかかってきた。
「これから、村の集会場を建てる事にしました。多分2週間くらいでできると思います。完成したら連絡するので、また研修をしてください」

結局、本格的な稲刈りが始まってしまい、集会場はまだ建設途中だが、優に40人くらいは入れる大きさの小屋ができつつある。この集会場は、自分たちの山から梁や柱、屋根枠などに使う最低限の木材や細竹を自分たちで集め、労働力を無償で提供して、建設している。すべて、マ村にあるもので作っている。
そう、やればできるのだ。オジサンたちは。

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3. 組織作りが始まった

そして、場所は再び変わってマ村の中でも山頂付近にある集落。
青年ガンガイヤが引っ張るこの集落でも、ポ村と同様に共同資金の使い方、村の組織について研修が進んでいる。

「共同資金を扱う組織は、やっぱり村の全世帯がメンバーとなるようにして、組織には、代表、書記、会計、会計補佐、そして代表委員会みたいなのがあればいいんじゃないかと思ってます」
と、彼らの山岳少数民族の言葉であるサワラ語での話し合いの途中経過を、発表するガンガイヤ。

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「代表とか、代表委員会とか、各役割に就いた人は何年間その仕事をするんですか?」
と質問する筆者に、1年とか2年とか口々に言う村の人たち。

「オバチャンたちの何人かは会った事があると思いますが、ビシャカパトナム市で活動するSHG(女性自助グループ)の連合体VVKでは、代表や書記といった役職は年に2回開く会員総会で決めていて、代表委員会など委員会メンバーは、10人の内5人だけが最初の1年で交代して、いわば先輩・新人メンバーで常に構成しているようになっています」
と、ラマラジュがVVKの紹介もすると、それは良い考えだと、ガンガイヤたちも役割についてさらに話し合いを進めていく。
ちなみに、各村で作っている村のルールの骨組みは、組織形態も含めて主に次の要素で成り立っている。

組織名、共同資金の使用目的、具体的な活動内容、組織の構成員、各役職とその任期、意思決定の仕組み(総会・委員会等)、資金の収入源等々。
ゴ村でも同じように話し合いが進むが、同時に稲刈り作業も全ての村で本格的になり、1月中旬にある収穫祭に向けて村の人たちの心も浮き足立ってきた。
村ごとで山あり谷ありの研修の日々だが、村の人たちの言う「村の将来」に向けて、再び活動計画作りが待ち構えている。

はてさて、どんなルールができて、どんな将来図が描かれるのか。

収穫祭が終われば気温も再び上がり始め、村の人たちの熱気も比例するようにあがっていく・・・・・ハズ。

続きは次号で。

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4. 日本からの研修生

クリスチャンの村ではクリスマスのお祝い準備でも忙しい12月末、マ村、ポ村、ゴ村を、日本から来た若者たちが訪れた。
彼らはソムニードの研修を受けるために来たのだが、村のオジサン、オバチャンたちから農村に対する固定観念を払拭させられることしばしば。

「私たちはお金がなくても生きていけるけど、あなた達はお金がないと生きていけないのね」と、村のオバチャンは、堂々と日本人研修生たちに言った。

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『村は貧しい』と思ってやって来た若者たちは、電気もありテレビがある家もあり、携帯電話を持つ若者もいる村の姿に衝撃を受け、だけどそういう便利さを追求するのではなく、「山と田畑に水があり、作物が十分に実り、家畜が丈夫に育っている村で、いつまでも村の人たちが生きていけるようにする」という青年リーダーの言葉の意味を考えた。

そして村の人たちは、活動計画を見せ、何故このような活動をしているのかを自分の言葉で話した。
「これからのメンテナンスのためにも、今、村の共同資金のルール作りの研修をしているんですよ」
と、研修日に労賃の支払い予定がなければ姿を見せないような、現金なオジサンまでもが言ってのける。

『私は知っているようで、ホントは知らなかった。現場を知るっていうことが、どういうことか分かった』
『村の人たちに活動の始まりも終わりもない。だってこれは村のオジサンやオバチャンたちがしていくものだから』

10日間の研修中、村の様子を観察し、村の人たちに質問をして、そして自分でも村の生活を体験していった日本の若者たち。

「ぼく達の村に、日本人研修生をいつでも連れて来て下さい」と、ポ村のソメーシュたちは言っている。それは、自分たちの生き方に誇りを持ち、日本の若者たちとも共有したいからなのだ。

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インド地域づくり募金1

注意書き

ラマラジュ=ソムニード・インディアの名ファシリテーター。
キョーコ=前川香子。本通信の筆者。
VVK=2004年~07年のJICA草の根技術協力事業を実施する中で、ビシャカパトナム市内・郊外のオバチャンたちが結成したSHG(女性自助グループ)連合体で、銀行業を実施している。日本で使用する「クラフト素材」として、村のオバチャンたちと連携してマンゴーやカシューの葉、ターメリックのヒゲ根などを集めて売るクラフトビジネスも、細々と展開中。詳しくは、「PCUR-LINK便り」「その後のVVKオバチャン便り」バックナンバーをご覧ください。
ソムニードの研修=2009年12月末にソムニードがマ村・ポ村・ゴ村も舞台に実施した「コミュニティ開発研修」。