第1号「オラが村さどうするべ?」(2007年9月27日発行)

In 803プロジェクト通信 インド「水・森・土・人 よもやま通信」 by master

2007年8月に開始した草の根技術協力事業は、事業タイトルに「小規模流域」「森林再生」という言葉が示すように、ソムニードの原点とも言うべき農村での事業となります。

同年6月に終了した、同じくJICA草の根技術協力事業の、通称PCUR-LINK 事業は、ビシャカパトナム市内のスラムを中心にした事業だったわけで、場所は一転して野山を駆け巡ることになりますが、要はスラムだろうが農村だろうが変わらない!詰まるところ、その人の能力を信じて伸ばしていく、ということです。

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村のオッチャンやオバチャンたちには、政府やらNGOやら色んなところから、「ダム作ろー」、「井戸掘ろー」、「この種あげるー」とプロジェクトがやって来ます。壊れても育たなくてもお互いに、「あーあ、またやってしもた」と言っては反省も計画もほとんど無いまま、「次はこれ行ってみよー!」と、NGOなどが新たに池を掘ったりしています。
中には、今も使われている建造物もありますが、砂防ダムの底には土砂が溜まっているのに取り除かなかったり、そうやって埋まったダムを、これ幸いと、上流部の人が田んぼにしてしまったから、「水がない?」と下流部の人たちが泣いては新しくため池を作ってあげたりと、まるでモグラ叩きのように、色んな問題点が飛び出してきてはそれを引っ込めさせるという、いわば、場当たり的な事業が数多くあるのが現状です。

そういう所で私たちがまず始めるのは、村の人たちと、同じ理解を持つことです。

「降ってきた雨は、山の上からどのように流れてきて、どこへ流れていくの?」

「どこ(丘陵地・平野部・乾燥地・湿地etc)で、どういう作物を採るの?」
という地理的な事柄からまず取り掛かり、「その流れの中で、どこにどのようなモノ(チェックダムや砂防ダム)を作れば、中流域・下流域の人たちも十分な水が使えるのか?」

「それを良い状態で長期間使っていくためには、どうすればいいのか?」

「どんな組織が必要で、その人たちの責任って何?」
というような、水利事業やら農業やら人材育成、生態系バランスの維持やら色んなものが絡み合う、壮大な(!)事業を、老若男女すべての村の人たちと一緒に、計画をし実行し、管理をしていくのです。
具体的に何をしていくのか(何が起きているのか!?)、ということは、これから(ほぼ)毎月お送りするこの「水・森・土・人 よもやま通信」で、お伝えしていきます。さて、今回は事業開始前に行った村の人たちとのほほ笑ましい交流の様子も含めて、お楽しみください。

目次

1. ポガダバリ村の巻
2. マーミディジョーラ村の巻
3. ゴトゥッパリ村の巻
4. 事業の始まり

1. ポガダバリ村の巻

6月末に雨季が始まったが7月中はほとんど降らず、田植えを始める8月に入っても一向に空は曇らない。
雨は降ってもすぐに止み、田植えをするのに必要十分な量まではまだいかない、そんな暑い日々が続く8月上旬。
神様にお祈りし、「まぁその内降るんやないかねぇ」と呑気にする村人もいれば、「ため池の水を使おうか、でも今使ってしまって、その後も雨があまり降らなかったら、ため池が干上がって田んぼに水が入らないし・・・」と考え込む村人もいる、ここはインド・アーンドラ・プラデシュ州の北部、スリカクラム県にあるポガダバリ村。
およそ200人の住民が住む小さな村は、三方を山に囲まれ、集落の下に田んぼが広がっています。

事業開始前の7月に、ソムニード(現ムラのミライ)スタッフとチャタジー氏がこの村を訪問しました。村の入り口から一番低位置にあるチェックダムまで一緒に探索し、チェックダムから走る水路の壁が崩れかかっている現場で、「そのうち直そうかな」くらいにしか思っていなかった村の老若男女に、静かに告げるチャタジー氏。

「このまま放っておいたら、土砂崩れを起こして、この隣の土地に植えているマンゴーやカシューの土地も、土壌が流れていくよ。」

「アンモー!(この州で使われている言語(=テルグ語)で、驚嘆や落胆を表す言葉)」
そして、チャタジー氏とスタッフによる質問が、村の人たちに投げかけられる。

「この草の役割を知っている?畦道に植えると、田んぼの土手が強化されるよ。」

「昔はどんな動物がいたの?どんな木が生えていた?」

「政府の雇用保障事業に申請すると言うけど、そのためには何が必要なんだい?」
かつての村の姿を懐かしげに語るお年寄りと、知っているようで知らなかった村の若い人たち。
何かをするには、どういう作業が必要で、そのためには何が要るのかという計画を立てなければいけない、ということに気づいた女性自助グループのリーダー・・・。

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2. マーミディジョーラ村の巻

そして2番目の村は、山の裾野部分と山中に4つの集落が分散するマーミディジョーラ村といい、スリカクラム県の北西部にあり、約350人が暮らしている。7月に、ソムニードスタッフとチャタジー氏が訪問した際には、村人たちは山中にある石製とコンクリート製のチェックダムのすぐ側で質問攻めにあっていた。

「どうしてこの場所に作ったんだ?」

「いったい建設費はいくらかかったの?」

「マネージメントはどんなことをしてるんじゃ?ほれほれ、こんなに土砂が溜まっていては側壁が壊れてしまうぞ」

村のリーダーを始め、オッチャンたちの答えは「いやぁ、森林局がそう言ったから・・・」

「ただの労働者だったからねぇ」「いやその、なんともはや・・・」と、苦笑い。
チャタジー氏が小川で実践させた即席チェックダムで、オバチャンたちも含めて、村人たちは、川の流れを弱めるというチェックダムの役割とその種類を始めて知り、「なるほどね?」と唸っていた。

山裾の村では、田畑にまく農薬や肥料について、やっぱり質問攻めにあうことに。村の畑の土は化学肥料に慣れてしまっており、そうした薬品を使わないと害虫の被害にあうのだが、毎年、薬品を撒くのは良くない、ということは感覚的に分かっている。
「で、一体何をくれるんだい?どういうプログラムをしてくれるんだい?害虫に強い種をくれるの?」という期待を持つ村のオッチャン、オバチャンたち。
そこで問いかけられた最後の質問は・・・

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3. ゴトゥッパリ村の巻

スリカクラム県の中央北部に位置する貯水ダムを東に行けばマーミディジョーラ村方面だが、反対の西方向に行くと、ゴトゥッパリ村へと続いている。ゴトゥッパリ村は6つの集落を抱えており、山裾から山頂まで集落が点在する。ここも同じく、7月にソムニードスタッフとチャタジー氏が訪れた。
村の人たち十数人が、自発的に崩れた畦道を修繕している所を通り過ぎ、山の斜面の焼畑地に植えられたターメリックを横目に見て、ひたすら山を登り続けた。
チークの木が一際集中的に植えられた場所に来て、ここでも始まった質問攻撃。

「なぜ、ここにチークを植えているんだ?」

「えっと、いいお金になると聞いたから・・・」

「植えて何年後に売ると、お金になるんじゃい?」

「20年って聞いたけど。」

「何言っとるんじゃ。最低でも50年経たんと良い値では売れんわ。」

「それに、こんなに木と木の間隔が狭いと、太く育たないよ。なんでこんなに狭いの?」

「あと、なぜ潅木を焼き払うんだい?上の部分は肥料につかえるよ?」

「アンモー!また、なぜって聞くぅ・・・」と、村のリーダーも逃げたくなるほどに、
色んな場所で山や田んぼ、畑、水に関して「なぜ?」「何が?」「どのように?」とソムニードとチャタジー氏が尋ね続ける。
しかし、こうした問答から、村の人たちも、自分の村や山に何があって、どうして作物が上手く育たないのか、なぜこの場所に灌漑用の建造物が必要なのか、ということを薄々ながら考えるようになっていくのだ。

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4. 事業の始まり

3つの村でソムニードから投げかけられた最後の質問は、
「これから3年間、JICAと協力して、村の資源には何があって、どのように使い、どうやって保存し増やしていくか、村の将来をどうしていくか、という作業を、お前さんたちみんなと、ソムニードとで一緒にやっていかないか?」というものだった。

「ソムニードは、直接村にお金をあげたり何かを作ったりはせん。だけど、子ども・孫の世代にも豊かに水や土、森があるために、何をしなければいけないのか、どのようにするのか、何が必要なのか、そういう計画をお前さんたちが立てて実行できるようにトレーニングをしてやることはできる。」
と、村の人たちを真っ直ぐに見つめながら話す黄門様
「これからダムを作りましょう」「木を植えましょう」というようなNGO からの発言に慣れていた村の人たちの中には、明らかに拍子抜けしていた人もいた。
しかし同時に、一緒に歩き回っていた小一時間ほどの間で体験した会話から、「何か違う」と感じた人も多く、異口同音に「一緒にやりましょう!ぜひ、また来てください!」という、最後の質問への答えが返ってきた。
こうして3村と「JICA事業を、3年間一緒にやっていくぞ」という共通意識を確認し、8月に正式に始まったわけだが、冒頭にも書いたように8月は田植えの時期で、村中が朝から晩まで忙しい。呑気に待っていた甲斐もあってか、ポガダバリ村にも雨は降り、8月末には無事に田植えも終了した。

8月中旬に、一度様子を見に行った際には、チャタジーさんの一言で危機感を覚えたらしく、「水路の壁を補修するために、政府の雇用保証事業に申請したわ。でも却下されて労賃がもらえなくても、田植えが終わったら、村の皆で直そうって決めたの。」と、田んぼからわざわざ戻って来て報告してくれた。

7月に3村で行われた村の人たちとのセッションは、ソムニードのフィールド・スタッフたちにも刺激を与え、「ボクが村に行くと、必ず『何をくれるの?』ってあからさまに聞いてくるのに、そういう場面が一度もなかった!」
「一つの事柄で、何十もの質問をしているNGOスタッフって、初めて見たわ」と驚いてばかりいるのだが、こうしたスタッフの能力伸ばしも同時に行っていくのだ。

8月は、田植えに忙しい村の人を邪魔するわけにはいかないし、フィールド・スタッフたちは、これからは膨大な記録を付けていかねばならないので、テルグ語のタイプを習ったり、PCUR-LINK 事業で建設された生産・物流センター内にあるソムニード・フィールド・オフィスの管理システムを作ったりと、本格的に村に行く前に、いわば基礎体力づくりをしていたのである。

9月は田植えも終わって一息つく頃。いよいよ本格的なスタートです。

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インド地域づくり募金1

注意書き

PCUR-LINK 事業=2004年7月から2007年6月まで、アーンドラ・プラデシュ州ビシャカパトナム市内のスラムを中心に実施された、女性の自立支援事業のこと。事業の詳細は、ソムニードブログ内の「PCUR-LINK 便り」をぜひご覧ください。

チャタジー氏=コルカタに拠点を持つNGO「Development Research Communication and Services Centre」の代表で、土壌保全や水利事業の専門家。

黄門様=本名、和田信明。ソムニードの代表理事。

ソムニードのフィールドスタッフたち=野山を駆け巡るソムニード・インディアのフィールド・スタッフは3 人。地元NGOで約20年のフィールド経験を持つスーリー(男性)、同じく5~6年のフィールド経験を持つビジャヤ(女性)、NGOでの勤務はほとんど初めてというアショク(男性)が、ソムニードの活動精神(「鳴かぬなら鳴くまで待とう」)を学ぶべく、PCUR-LINK 事業でもおなじみのラマラジューやアシスタント・プロマネから、ソムニードのいろはを学んでいる。ちなみに、ほとんどの地元NGOは「鳴かぬなら私が鳴こうホニャララ」精神でやっている。

アシスタント・プロマネ=本名、前川香子。この通信を必死に書きつつ、プロマネの偉大さの一部を感じ入る日々。第1号の発行が随分と遅れてしまったが、同時進行で第2号も執筆中。

プロマネ=本名、原康子。PCUR-LINK 事業の後も、スラムのオバチャンたちに引っ張りだこ。

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