トークイベント「ニッポンの会社員が見たインド」 開催報告

In 100研修・イベントの記録 by master


イベントの概要

急速に成長する、巨大な新興国・インド。
日系企業進出数は、間もなく1000社に到達するといわれています。

インドに駐在し、インド人と共に仕事をした経験を持つ藤原西児さんと、ソムニード(現ムラのミライ)スタッフ 宮下和佳の二人が、変化著しいインド社会の「今」そして「これから」について、企業・NGOそれぞれの視点から語り合い、イベント参加者の皆様にインドで働く事の大変さ、そして魅力を紹介しました。

開催日時:2011年3月27日(水)19時から21時
場所:大阪 本町 カジュアル・ダイニング グリッツ
共催:NPO法人関西NGO協議会/認定NPO法人ソムニード
参加者:19名
写真:イベント会場内 女子率高し
【写真:イベント会場内 女性率高し】

インドに就職したきっかけ

宮下:新卒でインドの旅行会社に就職されて、3年間働かれたということですが、最初にインドに行こうと思ったのはいつですか?

藤原:大学4回生で就活をしていた頃に、ネット検索で「インド」「スリランカ」「就職」というキーワードを調べたことがきっかけでした。

もともとは、学生時代にボランティアでスリランカを訪問したことがあり、仕事でもスリランカにずっと関わっていきたいと思っていたんです。でも、当時のスリランカは内戦中で、就職先としては可能性がしぼむような気がしていました。

一方、インドはスリランカとも金銭的、経済的にも大きく関係していますし、インドを見ていれば、スリランカとの関係性や、広く南アジアも見えてくるのではないかと感じていました。スリランカを意識しながら、スキルも無い自分は、何かにすがりたいと思いで「インド、就職」と検索したんだと思います。

実際は、日本でのインド関係の仕事と、インドで働くことの両方を考えていました。しかし、インドと実際に関わることが、スリランカと長く付き合う上で、大切になるだろうと思いインドでの就職を決めました。

多様なインドの今

ここで少し、私が3年間過ごして来た都市部の写真をお見せしたいと思います。

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藤原:これはバンガロールの大通りです。もっと喧噪なイメージを持たれているかもしれませんが、わりと整然としています。インドといえばよく想像される牛もいますが、こういう通りには少ないですね。

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藤原:これも同じ大通りにある広告の写真です。オムロンさんの広告にはJapanese Advanced Technologyと書いてありますね。日本の企業は、特にMade in Japanをアピールする傾向があると思います。

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藤原:これは大通りの脇にあったヒンズー教のガネーシャの像の写真です。日常生活の中で雑踏の中でもこのように神様があがめられている光景があります。

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藤原:これは1年ちょっと前にできたばかりのバンガロールの地下鉄です。地元の人たちが観光気分で乗りに来ています。

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藤原:私が住んでいたグルガオン(北インド)の夜の大渋滞の様子です。

宮下:ここまではでは都市部の写真をお見せしてきましたので、私からはビシャカパトナムという地方都市のいわゆる都市スラムの様子や、農村部の様子をご紹介します。

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宮下:スラムの中の路地の様子です。

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宮下:高利貸しのお兄さんが集金に来ているのを見かけたところですね。

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宮下:こちらは増えすぎた都市のスラム人口を郊外に移住させるため、国の政策によって建てられた団地です。まだ10年ほどしか経っていないにも関わらず、メンテナンスがされていないためボロボロです。

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宮下:先ほどの団地から車で3~4時間ほど北に行ったところの農村です。コンクリートではない家がまだまだ多く見られます。

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宮下:村の女性達が井戸で洗い物をしています。

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宮下:家の中のかまどですね。料理を煮炊きしています。

宮下:今見て頂いたような農村から、近年、多くの若者が都市部に出て行っているという現状がありますが、藤原さんが働かれていた日系旅行会社にも農村から働きに来ている方はいらっしゃいましたか?

藤原:大学進学などをきっかけに、バンガロール等の都市部に出てきて、そのまま就職するという人は結構多いですね。

同僚の一人にケララ州から来た人がいました。彼は日本語が堪能な若者でしたが、そういう能力の高い人は、どんどんより良い職場に転職していく傾向があります。その先はドバイやヨーロッパで、特に弁護士や医者などは資格があれば受け入れられる土壌があるので、各地で印僑コミュニティができています。

日本企業をサポートしながら学んだ、インドのビジネス

宮下:藤原さんが日系旅行会社で、実際どのような仕事をしてきたのかをお聞かせ下さい。

藤原:最初の一年間はバンガロールにある日本企業のトラベルデスクを担当し、出張や休日の観光など、様々な手配をしていました。その後、モルディブのホテル手配業務に数ヶ月携わった後、北インドのグルガオンに異動となりました。

2011年の下期くらいから、インド進出を目指す日系企業からのビジネスサポート依頼が急激に増えてきました。観光関連の業務より、ビジネス視察関係の業務の割合が増えました。

たとえば、調達先候補の視察の手配。日本国内であれば、どこかの企業が自分たちの会社を調達先として考えてくれているとなれば、「どうぞ来て下さい!」となりますが、インドではそう簡単にいきません。インド企業は、体裁や形式をとても重視しますし、そもそもなぜ自分たちのところにくるのかを知りたがります。ですので、きちんとしたレターヘッドのついた書類に、依頼者は何を造っている企業で、訪問先の製品をどう使いたいと思っているのか、訪問の目的は何かど、かなり明確に記載した書類を作成して送り、さらに電話で交渉をする必要があります。このように非常に手間がかかるアポ取りをサポートする仕事もしました。

クライアントである日本の企業がネット検索を元に、視察先候補のリストを作成されました。アポを取ろうとすると、実際は家族経営の町工場で、依頼側が思っていたような規模の会社ではなかったということもありました。きちんとして見えたウェブサイトは(社長の)「息子が作ってくれた」ということでした。
移動の際に使う車の手配も行っています。長期で車を使いたいお客様が多いので、安全運転、時間を守る、ちょっとした手伝いをしてくれる信頼できるドライバーの紹介も行っています。

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【写真:イベント会場のグリッツ オシャレです!】

宮下:インドではカースト制度によって職業が細かく分業されてきていた背景もあるのか、ちょっとした手伝い・作業でも「それは自分の仕事ではない」と思う人も多いと思いますが、例えば、荷物をちょっと車から降ろすという作業を嫌がるようなケースもありましたか?

藤原:極端なケースでは、そういうドライバーさんもいます。ですから、長期的に信頼できるドライバーを雇うために様々な工夫をしています。
「良いドライバーになるためには」というようなマニュアルを現地の言葉でまとめ、良いドライバーはどのようなスキルを持っているのか、何をしてはだめなのか、などを読ませて理解させた上で雇うようにしています。
でも、そういう意識の高いドライバーを育てると、特に能力の高い人たちは、派遣先の日系企業からより良い給料を直接提示されて、引き抜かれそうなることもありました。それでも引き抜かれなかったのには、キーパーソンの存在がありました。複数のドライバーさんを取りまとめているキーパーソンのようなドライバーさんがいて、その人に人材を紹介してもらっているので、もし誰かが引き抜きに応じたとなると、そのキーパーソンの顔を潰すことになりますし、小さなドライバーのコミュニティから村八分にされることにもなりかねません。

宮下:そういう意味では、同じコミュニティに属する人々は互いに助け合うし、その中での約束事は守る、というインド的「義理人情」社会の仕組みをうまく利用することで、良い人材の確保ができているということですよね。

逆に、そういう仕組みを知らずに、良い条件だけで引き抜きオファーをしても、インドの人にとってはコミュニティのつながりを失うことのほうが恐ろしいわけですから、合理的なオファーだけではダメな場合もあるんですよね。

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【写真左:ゲスト 藤原さん 右:聞き役 ソムニード 宮下】

宮下:インドには現在、どれくらいの日本人が働いているんでしょう?

藤原:ビジネスビザ、就労ビザを取得し現地で在留許可を得ている駐在者や観光ビザでの長期出者を含めるとデリーだけで8000人ほど。チェンナイ、バンガロール、ムンバイ、コルカタ、等を含めると、1万人は超えているのではないでしょうか。2010年くらいまでは大手企業による戦略的なインド進出が多かったように思われましたが、それに伴い現在は、それらの大手企業の仕事をしている日本の中小企業が、「インドに進出せざるを得ない」という状況に追い込まれて進出してきているという印象を受けています。
宮下:BoPやソーシャルビジネスが注目されていますが、そうしたものを目指した人たちも進出してきていますか?

藤原:いわゆる社会起業家というものが日本でも話題になっているのは何となく聞いていましたが、デリーなどで、インドの現状を変えたいという一種の正義感を持った若手実業家や社会起業家に出会ったことがあります。

私はもともと大学時代に、NGOに携わった経験もありますし、国際協力に興味があって、色々な活動を見てきたと思っているのですが、いわゆる若手実業家と呼ばれる人たちの中には、書籍や新聞などで得た知識だけを持ってインドに来ている方が多いように思います。彼らは、実際にインドで何らかの問題に出会ったという原体験ではなく、「インドがマーケットとして広がっている(そうだ)。ここでビジネスをすれば成功できるのではないか」といった、表面的な話をすることが多いので、あまり話は合わないですね。
宮下:ソムニードでもBoPビジネスのための調査に来られた企業の方をスラムにお連れしたことがありますが、「これは中流階級以上の人には売れるけど、スラムに住んでいる層には単価が高すぎるよ」と言われたりしました。現地の現実を知るのは、非常に大事ですよね。

インドで働く、インドの人と働く

参加者:日本からは、どういった業界がインドに多く進出していますか?

藤原:やはり一番は自動車だと思います。トヨタ、日産、そして有名なのはスズキですね。家電でいえば、東芝、シャープ、パナソニックといった企業の製品も、インドの家電量販店でよく見られます。鉄鋼メーカーもインドに進出していますね。

宮下:最近は、アーンドラ・プラデシュ州にも、製薬業界向けの工業団地ができたりしています。

参加者:どういう日本企業が成功していますか?

藤原:ある程度インドの人を信用して、現地企業側のマネジメントに任せていたり、現地の状況を把握したうえでやっていたりする企業は成功している印象がありますね。インド企業側の文化を咀嚼・理解する力が日本の経営側に求められているのではないでしょうか。

宮下:日常的なマネジメントのレベルで、日本人は平均的に質の高い労働力の中で仕事をしているので、言わなくてもやってくれると思っていることが多いのですが、インドでは部下に1から10まで言ってあげることが信頼に繋がる面があります。例えばドライバーさんに指示を出すにしても、日本であれば到着時間だけを指示すると思いますが、インドでは、「どこをいつ出発し、どのルートを通ってください」という風に伝えなければならないこともあります。

参加者:実際にインドで働いてみて、失敗談があれば教えて下さい。

藤原:最初の頃は、自分自身の語学力も把握力も弱くて、スケジュールや約束事について中途半端にわかったふりをしてしまい、事がうまく進まず、失敗したことがあります。なので、確認作業がとても重要だなと感じています。

私生活の面では、インドの人々が大切にしたい部分、例えば相手がベジタリアンかどうかを考えずに、中途半端な行動をしてしまったことで、相手にいやな思いをさせたこともあります。外国人として接してくれますが、もっと深い信頼関係を築くのであれば、相手の食文化や宗教についても理解を深めることが必要だと感じています。

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【写真:会場内 和気あいあい!】

参加者:地域にもよると思いますが、肉や魚を食べない人はやはり多いのでしょうか?

宮下:インドでは食べる物が人によって異なるのが普通です。たとえばスーパーの食品にも、ベジタリアン用であれば緑の丸印、ノン・ベジタリアンには赤い丸印がついているなど、表示されているのが当たり前なんです。そこから帰ってくると、日本は非常に選択肢が少ない、選択しにくい状況ですね。

藤原:日本では、皆が同じものを食べるのが当たり前ですが、インドでは食に関する多様性が考慮されていて、結婚披露宴や、ホームパーティなどの席でも、様々な選択肢が用意されることが当たり前なんです。

参加者:マネジメントの話で、1から10まで教えないといけないという話がありましたが、それでは成長が促されないのではないですか?

藤原:ある程度のクラスの人たちは、言われた事だけをやって、仕事をしてきた人たちもいますし、もっと上の人たちには議論を重ねる人たちももちろんいます。なので、一つのマニュアルだけで教え方を決めるのではなく、人によって、教育方法を変える必要があると思います。

宮下:自分の判断で意思決定をした経験もないし、そういった経験を積むことを想像もしたことがなかった人たちに、それを身につけてもらうにはとても時間がかかりますし、大変です。でも、そういう、いわゆるBoP層の人たちが能力を身につけてビジネスの担い手になることができれば、大きなイノベーションになると思いますね。

宮下:インドで暮らすには交渉がついてまわりますが、藤原さんは新卒でインドに行かれて、交渉社会インドで壁にぶちあたることはありましたか?

藤原:日々の生活で、まず朝一番に会社に通勤にするにも、リキシャの値段交渉があります。仕事では、ホテルの部屋をおさえるための交渉をよくしますので、交渉の繰り返しです。インドにはいわゆる定価がないのですが、相手の言うことを鵜吞みにせず、相手のメリットもきちんと提示して交渉に当たることが必要ですね。

あとは、先ほども少し話がありましたが、義理人情社会的なところがすごくあるので、人間同士のつきあい、コミュニケーションをきっちりとっていれば、何かトラブルがあったときに対応してくれるということもあります。メールや電話で済ませずに会いに行くなど、相手と自分の関係性を構築することが重要ですね。

農村でイノベーションが起こせれば、インドは世界一になる

宮下:これまで、3年間インドで様々な経験を積まれてきた藤原さんの今後について教えて下さい。

藤原:今後はしばらく日本で、インドでの経験を活かしながら、新しいことにもチャレンジしていきたいと思っています。あとは、学生時代に関わっていたスリランカに関する仕事もできればいいなと思っています。

宮下:先ほど、インドの農村から大都市に人が出ていっているという話が出ましたが、出て行ってしまうとどうなるのか。日本は今や、1日に1つ、村が無くなっていっているという状況です。そうすると、村の裏山の森の世話をする人がいなくなり、水源としての機能も弱くなります。

インドでも、既に水不足が起こってきていますが、まだ農村に若い世代がいる状態です。もし、農村に残りたい若者が残れるようなビジネスなり活動ができれば、まさに「ソーシャル」にインパクトを与えるビジネスになるのではないかと思っています。

藤原:そうですね、インドでも既に都市化・少子化が始まっていますが、まだまだコミュニティの力が強いので、地方の村や町にいながら、例えばインターネットなどを活用してビジネスができれば、インドは世界一の国になると思います。

宮下:ソムニードも、インドと日本の両方で、村にイノベーションを起こせるような活動をしていきたいと考えています。本日はどうもありがとうございました。

 

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話し手: 藤原西児(ふじわらせいじ)さん

兵庫県神戸市出身。2010年龍谷大学法学部政治学科卒業。
在学中、インド洋沖大津波の被災支援を目的としたスタディツアーでスリランカを訪問。旅の途中、内戦激戦地の孤児との出会いから国際協力に強い関心を持つ。
帰国後、同大学のボランティアセンター、国際協力・中間支援NGOでインターンやアルバイトスタッフとして関る。
「将来スリランカに関りたいが、今働くなら成長するインド」と考え、南インド・バンガロールが本社の日系旅行会社(株式会社リエマサラ)に新卒で入社。
3年間の間に、大手日系自動車会社のトラベルデスク、教育機関等のスタディツアーの企画運営、急増する日本企業のビジネス視察・出張手配、インド進出中の企業向け生活サポート業務等を担当。日本企業の強さと弱さを考える日々。

 

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聞き手: 宮下和佳(みやしたわか)     認定NPO法人ソムニード事務局長代行

高校卒業まで和歌山、大学時代を京都、働き始めてから大阪で暮らす生粋の関西人。
会社員・派遣社員をしながら少しずつ国際協力や環境関連のNGO/NPOの活動に参加しはじめ、退職してネパールに1年間滞在。企業・NGOの両方にアルバイトとして関わり、自分にできる事を考えた結果、日本に帰国。
関西地域の国際協力NGOをネットワークする関西NGO協議会で7年間勤務し、NGO向け/一般向けの人材育成・情報発信・コンサルティングなどに従事。
その後、明確な活動方針と手法に魅かれてソムニードに加わり、約1年半のインド駐在。アンドラ・プラデシュ州のビシャカパトナム市で、スラム女性によるマイクロファイナンスの支援を担当した。
現在は関西事務局でコミュニケーション、ファンドレイジング、海外事業の後方支援、人材育成などを担当。忙しい中での心身のメンテナンスは、7年ほど続けているヨガ。