第12号  「読み書きできない彼女たちに分かるはずがない」(2014年8月5日発行)

In 801プロジェクト通信 ネパール「バグマティ川再生 でこぼこ通信」 by master


目次

1.この2年間でしてきたこと ~「気付き」の先にあるもの~
2.この2年間でしてきたこと ~自分たちがまず変わるということ~
3.ゴカルナ地区デシュ村での新プロジェクト
4.「文字が読めない彼女たちにはわからないよ。」
5.ウジャール君の変化と思い込みの罠
6.終わりに
追記 新プロジェクトについて

1.この2年間でしてきたこと ~「気づき」の先にあるもの~

前号までのでこぼこ通信でお伝えしてきたバグマティ川大一掃計画プロジェクト。
2012年7月にプロジェクトが開始してから今で丁度2年が経過した。
この2年間、ソムニード(現ムラのミライ)は一体何をしてきたかということを少し振り返ることにする。
まず一つ目には、先生方への研修である。
市内の小中学校の環境教育担当の先生方へ、バグマティ川を中心にした研修をじっくり行ってきた。川全般について、循環する水の仕組みについて、バグマティ川についてなど、実に沢山のテーマについて、焦ることなく丁寧に先生方と一緒に考えてきた。そして、フィールド研修としても何度もバグマティ川に足を運び観察を行ってきた。
もちろん、「あーしなさい、こーしなさい、こうした方がいい」といった提案を交えた研修は一切しない。

ソムニードは答を教えないのだ。教えたところでどうせ忘れられるし、教えた本人もすぐ忘れるのだから。

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とてもシンプルな質問だけで問いかけ、先生方自ら考えてもらい(或は思い出す)、気づきを促す研修である。

しかし、「気づき」を促すだけが成果であるかというと決してそうではない。
なぜなら、ソムニードの研修を受けて本当に「何か」に気づいた先生方は、研修で学び発見したことを、今度は生徒たちに伝えるためのアクションを起こしてきたからだ。しかも実にいろんな方法で。

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ある先生は、ソムニードの研修で得られたアイディアや気づきを翌週には授業に取り入れていた。取り敢えずやってみるという姿勢で、子どもたち、その保護者たちを巻き込んだゴミに関する活動(ゴミの分別、資源ゴミの回収など)を継続して行っている。
他の先生は、教科書を読み上げるだけの一方通行的な授業という慣れ親しんだスタイルから、子どもたちへ質問を投げかけることで考えることを促す授業スタイルを試験的に導入してみた。
また他の先生は、ソムニードの研修で学んだことを担任のクラスの生徒だけに伝えるだけでは不十分と、隣街の学校へ環境教育の出張授業を自ら行ってきたという。

またソムニードも裏方に徹してサポートを行ってきた、先生主導のバグマティ川モデル・レッスン(課外授業)を実施した先生方も沢山いる。これらのことは今までのでこぼこ通信で随時お伝えしてきたことなので、興味のある読者の方には是非通信バックナンバーを参考にして頂きたい。

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こうして、先生方へのアプローチから始まったプロジェクトは、先生から生徒へ、生徒からその保護者へ、そして地域のヒトたちへと、じわじわと広がりをみせる様子が今ようやく見えてきた。
今後、先生方や生徒、地域のヒトたちが「バグマティ川のことは、自分たちのこと。自分たちがやらなきゃ誰がやる?今、やるっきゃない!」と誰かから言わされるのではなく、自分たちが心の底からそう思うようになるよう、ソムニードが引き続き仕掛けていくのであるが、その様子はでこぼこ通信で今後も皆さまにお伝えしていく。

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2.この2年間でしてきたこと ~自分たちがまず変わるということ~

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そしてソムニードがこの2年間でしてきたことの二つ目。
それは、プロジェクトを実施する私たち自身への研修である。
「私たち」とは、ソムニード・ネパール人スタッフと日本人スタッフの私(筆者)である。
そして研修といっても、そのための研修にわざわざ参加してきた、というわけではない。

どういうことか?

つまり、私たちがネパール人の小中学校の先生方、生徒や地域のヒトたちに研修を行う際、研修を通じて発見や気づきを得ているのは、研修生だけではなく、実は私たち自身もそうであるということである。

例えば、
(1) 研修を通じて私はなにも知らないという事に気づかされたり、
(2)指示待ちの姿勢を崩さないネパール人の先生やスタッフをみて苛立ちを覚えた自分こそ、振り返れば自分もそう変わらず指示を待っていることに気づいたり 、
(3)ネパール人と仕事をする上で「なぜ段取りができないのだろう。」 「なぜ何度も何度もリマインダーをしないと動いてくれないのだろう」と怒りと諦めとこらえきれない涙をまるごと飲み干し、深くため息をつく自分は、性懲りもなく日本人としての自分の価値観を押し付けているからそうなるのだということを毎回思いだし、「またやってしまった」と気づいたり、

或いは
(4)彼女たちは教育をろくにうけていない非識字者たちだから、彼女たちにこんな難しいことがわかるはずがないと決め付けてかかり説明すら行うことをしなかったスタッフが、実は彼女たちが理解できないのではなくて、説明をする自分がろくにわかっておらず、うまく説明することができないからである、つまり悪いのは読み書きができない彼女たちではなく、自分が理解していないのみならず、伝える能力すら自分に備わっていないから、悪いのは自分であったと気づいたり。

この2年間のプロジェクトを通じて、先生方、生徒、その保護者、そして地域のヒトたちへ研修を行い、同時に沸き起こる疑問や葛藤、対峙(confrontation)を通じて自分への「気づき」となっていった。
それが私を含めたスタッフへの成長につながっていることは間違いない。

今までの本通信でも、私の目を通して感じたこと発見したこと、気づいたことを素直にお伝えしてきた。他のNGO団体、大きな国際組織、援助業界に携わる全ての個人が発信する現地情報の中で、ソムニードのプロジェクト通信ほど失敗談までも赤裸々に報告する情報媒体はあるのだろうかと思うほど、包み隠さず発信してきたつもりである。

そして最近思うことは、この繰り返される失敗談から学び、亀のようにゆっくりとした足取りではありながらも確実に一歩ずつ前に進む私たちの成長こそが、実はこのプロジェクトの成功の鍵を握る大きな要素の一つではないのだろうかということである。
プロジェクトを実施する私たちの変化なしにして、プロジェクトは成功しない。
プロジェクトを実施する私たちの、「価値観の押し付け以外なにものでもない行為を実は日常茶飯事として行ってしまっているのだ」という気づき、そして「思い込み」を「思い込みである」と認識し、その思い込みをとっぱらう努力を日々怠らないこと、この二つを無くして、プロジェクトの本当の意味での成功はない。そう、思うのである。

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3.ゴカルナ地区デシュ村での新プロジェクト

さて本号では、先にお伝えした、スタッフの気づきから生まれた変化とそのスタッフの成長(上記の(4))について、今回初めてでこぼこ通信で登場する新プロジェクトの研修のエピソードからお伝えしたい。

ところで新プロジェクトとは・・・

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2014年2月から日本の外務省の資金協力による、分散型排水処理施設建設事業が開始した。
場所はカトマンズ・ゴカルナ地区にあるデシェ村。この村で、各家庭からの生活排水を処理するための施設を建設するという、簡単にいうとそういうプロジェクトだ。このプロジェクトの概要については、本通信の最終章を参照頂きたい。

もちろん、施設の建設だけで終わるプロジェクトではない。
デシェ村での排水処理施設建設のための準備と並行して、デシェ村の住民たちにも研修を行ってきた。

今までソムニードが小中学校の先生方を裏方としてサポートしてきた、バグマティ川の上流から下流を一日かけて訪問するという課外研修を、デシェ村の住民に行った時のことである。

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4.「文字が読めない彼女たちには分からないよ。」

2014年4月22日。
午前9時半。

この日、42名のデシェ村の住民がバグマティ川一日視察研修のために集合した。
参加者の大半が女性たちで男性参加者は数える程度。殆どがお母さんで、子連れで参加する女性も多くみられた。
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さてこの視察研修。
参加者の層は違えど、前号までのプロジェクト通信で発信してきた「モデル・レッスン」と中味はそう変わらない。
モデル・レッスンでは先生が生徒とその保護者をバグマティ川の上流から下流へと連れて行き、バグマティ川の観察を行っている。今回のデシェ村を対象にした研修は、ソムニードが参加希望者をバグマティ川視察研修に直接連れて行った。

デシェから出発し上流のスンダリジャルに到着したソムニードと村のヒトたち。
いつものとおり、バグマティ川上流での観察のために活用してもらいたい、バケツやスコップ、大小の掬い網、デジタルカメラや、記録のための観察シートなどの用具一式が、研修参加者に対して配布された。

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ところが、である。
ソムニードスタッフが前日に準備したこれら観察用具一式の数がやたらと少ない。
参加者1人1人全員に行き渡るほど十分な数の用具を準備してこなかったということだ。

一箇所目の観察地点・スンダリジャルに到着したデシェ村のおばちゃんたちは、乾季で水量の少ないバグマティ川を前に、なかなかアクティブに動き回ろうとしない。
それもそのはず。彼女たちの大半は観察器具を与えられていないのだから。特にすることもなく、器具を持っている他のおばちゃんたちが川に入る様子をただ眺めている。

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バグマティ川視察研修のための前日の事前準備を他のスタッフに任せっきりにして、その準備の確認を怠った私には意味がわからない。なぜ、こんなに少ない数のバケツしか持ってきていないのか?なぜ事務所に十分すぎるほど保管しているスコップをまるで出し惜しむかのように、持ってこなかったのか。意味が全くわからない。
観察器具準備を担当した同僚のウジャール君とビノード君に聞いてみた。

私 「ねぇ、なんでこんなにバケツの数が少ないの?掬い網もどうして少ないの?」
私 「おばちゃんたち、手持ち無沙汰すぎてあんなにもかたまって、ただただ傍観してるじゃない。」
「バグマティ川の水に入ろうともしていない」「暇なのよ、 おばちゃんたち」「なんでだと思う?」
私 「バケツ、壊れたわけじゃないでしょう?」「なぜ、持ってこなかったの?」
と、まくしたてる私。

ウジャール「・・・・・」
無言。

答を待つ私はウジャールとビノードの顔をじっと見た。
答は出てこない。

彼らから答を得ることができなかった私は不満である。しかも無言の答である。
しばらくして、一応持ってはきていた簡易水質検査キットすら車の中に置いたままで、観察地点まで持ってこなかったということが判明した。

ビノード君に、申し訳ないけれど離れたところに停めた車の中から水質検査キットをとってきて欲しいと依頼した私。

「わかった」といってくれたビノード君にしばらくしてから、「検査キットはどこにあるのか」とたずねたところ、「ウジャールさんに、ここ(スンダリジャル)では使わないから持ってこなくてといいと言われた」といい、その時点で漸く検査キットを持ってきてもらえなかったことがわかった。
いつもの小中学生に対するモデル・レッスンの時は全ての観察地点で水質検査を実施しているのに、今回のデシェ村の研修ではなぜ行わないのか。意味が全くわからない私。
しかも、デシェ村のおばちゃんたちと一緒に水質検査をやるべきだと思っている私の希望が、ウジャールの「やらなくてもいい」という意思で阻害され、検査キットすらここまで持ってきてもらえなかったのである。

理解不能とイライラが隠しきれない私はウジャール君に再び詰め寄った。
私 「ねぇ、なんで、水質検査キットで水質検査をしないの?」
「なんで、ここに水質検査キットを持ってこなかったの?なんで、ビノードに とりに行ってもらうことすらしないの?」

ソムニードスタッフとして基本の基本である「なぜ」という言葉を使わない、「なぜ禁止令」はこの際完全無視である。
「なぜなんだ!」と怒りのまま疑問をぶつける私。

ウジャール「デシェ村のおばちゃんたちは、文字が読めないんだ。教育を受けていない。そんな彼女たちに水質検査キットを使って説明したってわかるはずがないだろう。」
「僕は、ここ(スンダリジャル)では時間もないし、グジェシュワリ(次の観察地点)でやればいいと思っている。」

と、立て続けに詰問する私に対して、あからまさに嫌そうな顔をして反論してくる。
ウジャールと会話をしていた、地元の有力者でもある小学校の校長先生(デシェ村の住民ではない)もウジャールに同意する。
校長先生 「そうだねぇ、彼女たちにはわからないよ。」

私 (ウジャールに対して)「は?何いってんの?彼女たちは非識字者(illiterate) だから理解できない?」
「じゃぁ、あんたはこの溶存酸素濃度計測器が示すことを全部理解してい るの?水質検査キットの検査項目の、リン酸や、アンモニアの検査結果の数値 が示す意味を専門家並に理解しているの?」
私 「しかも、字が読めないからここではしない水質検査を、なぜ次のグジェシュ ワリでは実施して、他の地点ではやらないの?意味が全くわからないわー!!!」
ウジャール「彼女たちにはわからないよ。わかるはずがない。」同じことを繰り返すウジャール。

そして頭にきた私。
私 「何いってんのよー(怒)!おばちゃんたちが字が読めないからわからないんじゃないでしょう!おばちゃんたちの分かる言葉で自分がうまく説明できないか らおばちゃんたちが理解できないんでしょう!そもそも、うまく説明できない ってことは、自分がよく理解していないってことでしょうが!専門家じゃあるまいし、私を含め、私たち自身がよく理解していないことを、おばちゃんた ちにうまく説明できるはずもないんだから、それは字が読めないおばちゃんたちのせいじゃなくて、こっちの責任でしょうがー!!」
「しかも、なぜ、おばちゃんたちには理解できないと最初から決めつけるの?」
「そもそもね、この検査キットは小学生でもわかるように作られてるのよ!!おばちゃんたちが理解できないはずないじゃない~!!!怒怒怒怒!!」
私の罵倒は続く。

そして振り返り、

私 「ねぇ、校長先生、そう思いませんか?」
ストレートに、怒りのまま、思うことをそのままウジャールにぶつけた私は、ウジャールにも校長先生にも反論の余地を与えることなく、黙らせてしまった。

怒りを表現した私を尻目に、ウジャールはだまっておばちゃんたちの方へ戻っていったので、私は彼に無視されたと感じた。ウジャール君はどう感じたかはわからないが、私にとってのこの彼とのやりとりは、「喧嘩」であった。何しろ彼は私を苛立たせたのだから。
彼とプチ喧嘩をし、もうダメだと思った私。おばちゃんたちには申し訳ないが、私がどう騒いだってウジャール君の暴走は止められないので(特に喧嘩した今となっては)、自分の可能な範囲でおばちゃんたちの研修をサポートしようと決めたのだ。

そしてこの日の終わりには、なんとかこうにか上流から下流までの一日視察を終えることができ、けが人や病人を出さずに終了できたことで良しとしようと自分を納得させたのである。

下流に下れば下るほど加速するバグマティ川の汚染度合いをみて衝撃を受けたデシェ村のおばちゃんたち。この視察研修からとても多くを発見し、自分の子供たちのためにもバグマティ川についてなんとかしなきゃいけないなと感じるようになったと伝えてくれたので、この研修は失敗ではなかったのだ。

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5.ウジャール君の変化 と 思い込みの罠

時は流れ、7月下旬。
ウジャール君と喧嘩をしたあの研修から3ヶ月が経っていた。

前回までのバグマティ川の一日視察研修にまだ参加していない残りの住民の中から、希望する者に対して同じ研修を実施することになった。
日本への一時帰国から戻ってきた私にとっても久しぶりのバグマティ川訪問となった。
今回は前回の反省を踏まえ、事前の準備物(バケツやスコップなど)の個数をしっかり確認し、準備物については安心して当日の研修に臨んだ私であった。

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軽い朝食を食べ終えた参加者に対して、いつも通りに観察器具の配布を開始するウジャール君。
しかし今日のウジャール君はなんだかとても段取りがいい。限られたスペースの中で手際よく、参加したおばちゃんたちをグループにわけ、列をなして並んでもらっている。バケツやデジカメ、スコップなどがあれよあれよという間に参加者全員に何か一つは行き届くよう配布された。器具を受け取ったデシェ村のおっちゃんおばちゃんたち、一緒に参加した子供たちも顔に笑顔がこぼれる。皆、とてもウキウキワクワクした表情で楽しみにしている様子がみてとれる。

そしてウジャール君が参加者に声をかけた。
ウジャール「皆さんの中で、今まで学校で読み書きを学んだことのあるヒト、手を上げてください。」

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手をあげた10名弱の女性たちに前に集まってもらい、観察シートの説明を手際よく行い始めた。
つまり、これから観察する地点で見つけたこと、発見したこと、それから水質検査をするのでそれらの記録を、この観察シートのここの部分にこのように記載してくださいといった類の説明だ。
こんな説明は、前回の喧嘩した研修では一切なされなかったやりとりだ。

あれ?ウジャール君、今日は何かが違う。 そう思った。

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そして道具を配布し終え、一通りの注意事項、それから目的などの説明が簡単になされた後、一行は上流の観察地点スンダリジャルへと移動した。参加者全員が何か一つ(バケツやデジカメなど)は手にして、殆ど全員がバグマティ川の水の中へ入り、川の様子を観察した。
雨季で水量を増したバグマティ川。細心の注意を払わなければ水難に遭う恐れもあったため、皆慎重に川の中へと入った。とにかく楽しそうで、同行した私も楽しかったのである。

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そして、ここからである。

ひとしきり水の中で観察をしたデシェ村のおばちゃんたちに、川岸にグループ毎に集まってもらったウジャール君。
水質検査キットの検査試薬の入った小袋をおばちゃんたちに配布し始めたのである。
そして、読み書きのできる参加者が各グループに1人以上配置され、彼女たちのサポートを得ながら、水質検査をおばちゃんたちと一緒に行い始めた。いくら検査キットのマニュアルの文字が読める参加者がいるといっても、初めてのことなのである程度のガイダンスは必要である。そこでウジャール君が各グループに足を運び、説明していった。
ネパール語でのやりとりであったため、彼の説明を完全に私が理解できたわけではない。しかし、説明を受けていた参加者のおばちゃんたちの表情や行動を見る限り、皆初めてみる水質検査キットに興味を示し、検査の結果が何を意味するのかというウジャールの説明に興味深く聞き入っていた。

5つのグループに対して一グループずつ見て回り、説明を続けるウジャール君はとても忙しそうであった。
前回の研修とはうってかわった様子で、おばちゃん参加者たちに接するウジャール君。

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「彼女たちは非識字者だからわからないよ」
そう言っていたウジャールは一体どこにいってしまったのだ。

お陰で今回の研修では、前回のような苛立ちを感じることなく、見ていてとても安心なウジャール君の研修の進行っぷりであった。
そこに彼の行動変化と成長が見て取れ、ただただ驚き、私も負けてはいられないと思わずにはいられなかった。

一体何が彼の行動に変化を起こす原因となったのだろうかという疑問のために、「何があったのウジャール君」と聞いててみたくなったが、彼の性格を思うと、「え?そんなことあったっけ」と言われるのがオチなので、あえてきかなかった。

ストレートすぎる私の感情表現で、ウジャール君のセルフエスティーム(自尊感情)を落としてしまった(傷つけてしまった)のではないかと後でこっそり後悔していた私であったが、あまり影響はなかったのかもしれないと少しホッとしたことも告白しておく。

今回の彼のように、「彼女たちは読み書きができないから、理解できるはずがない」という、プロジェクトを実施する側の「思い込み」による悪影響は計りしれない。残念ながら1回目のデシェ村の視察研修では、「理解できるはずがない」というスタッフの「思い込み」と、それを阻止できなかったもうひとりのスタッフによる力不足で、上流での水質検査からのおばちゃんたちの学びの機会が奪われてしまったことになる。もちろんその機会損失は、未来に取り返しが可能な損失であるので、それほど大したことではないことが幸いである。

本通信でお伝えしたかったことの一つは、私たちの活動のような援助業界におけるプロジェクトの多くの失敗の原因が、プロジェクト従事者である私たちのような存在(それがローカル人であろうが、外国人であろうが関係無い)の陥りやすい「思い込み」の罠に起因することは多いにあるのではないだろうか。

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6.終わりに

ここまで読みすすめてくださった読者に機会があればお伺いしたいことがある。
今回題材にした「思い込み」の罠による失敗というのは、別に援助業界に限ったことではないと思う。

普段の日常生活のありとあらゆる環境(民間企業の職場であろうが、大学であろうが、学校であろうが、家庭であろうが、どこででも、である)において言えることなのではないだろうかと思うのだが、如何であろうか。対象者が誰であれ、コミュニケーションが生じる全ての場での「思い込み」から発展する喧嘩や相互不理解は日常的であるような気がする。
本通信を通じて、プロジェクトの進捗状況をお伝えするという目的以外に、私自身や同僚の失敗談をただおもしろおかしく伝えるだけに終わらない通信にしなければ、と思っている。

そのためにも、ネパールという土地でのプロジェクトを通じて私が感じ、学び、発見したことから、読者の皆さまに、何かの気づきに繋がるきっかけの一つになれば非常に嬉しく思う。

ひと月半ごとにやってくる通信の締切に毎度の冷や汗と、全くうまく書けない自分の日本語能力の低さで額に脂汗を流しながら、過ぎた締切日の後の徹夜明けで通信ドラフトを提出する私であった。

今後は、二つのプロジェクト(地域コミュニティーの強化事業と生活環境改善事業)の(1)活動内容とその進捗状況、そして(2)先生や生徒、地域のヒトたちとソムニードスタッフの気づきの両方についての情報を通信上で皆さまにお届けしていく。

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追記 新プロジェクトについて

地域の小中学校の先生、生徒そしてその保護者からアプローチするというプロジェクト(地域コミュニティー強化事業)が始まって1年半が経過した2014年2月。ソムニードは日本の外務省の資金を得て、分散型排水処理施設を建設する生活環境改善事業を開始した。場所はカトマンズ・ゴカルナ地区にあるデシェ村だ。どちらのプロジェクトもバグマティ川の上流に位置したカトマンズ市と郊外地域の接点にあたる地域を対象としており、ゴカルナのデシェ村の方がよりバグマティ川の上流にある。また、どちらもバグマティ川を舞台にしたプロジェクトではあるが、本当の狙いはバグマティ川を綺麗にすることだけではない。

2012年からのプロジェクト(地域コミュニティー強化事業)では、バグマティ川の汚染に象徴される地元の環境課題を、地元のヒトたちが自分たちの問題であると認識し解決できる、そんな強いコミュニティーが、このプロジェクトを通じて形成されることが狙いである。

そして2014年2月から開始したプロジェクト(生活環境改善事業)では、未処理のままバグマティ川へ垂れ流しとなっている各家庭からの生活排水(トイレ、洗濯、台所など全ての水)が排水処理施設を通過することで、7割から9割の汚染が除去された状態の水でバグマティ川に排水されるようになる。比較的安価で高度な技術を要せず、地元の人たちが自らメンテナンスを施し、管理・運営が可能なこの施設建設を通じて、バグマティ川の浄化促進はもちろんのこと、デシェ村住民が継続した施設の管理・運営を実現し、自分たちの生活環境を改善していくこと。それが狙いである。

対象地域が隣接しバグマティ川を舞台にした両プロジェクトは、地元住民間の活発な交流がみられる地域でもあり、プロジェクトの成果が互いにうまく結びつく、そんな相乗効果が期待できる。

次号へ続く。

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注意書き

 ○何も知らない=「知るということは、自分が何を知っているかを知り、知らないことは知らないこととすることである。」(p.123、「途上国の人々との話し方 ~国際協力メタファシリテーションの手法~」和田信明・中田豊一著、2010年、みずのわ出版)
でこぼこ通信第7号を参照。
でこぼこ通信第10号では、段取りが少しできるようになったスタッフの紹介をしたが、もう大丈夫と信じた私が再度その期待を裏切られる結果になった。その様子は本通信でお伝えしている。
○「カトマンズの住民によるバグマティ川の汚染防止を通じた生活環境改善プロジェクト」外務省・日本NGO連携無償資金協力国際協力重点課題事業(2014年2月~2015年2月)